本日の流行語? 死者にムチうつ/うたない

[文章追加、あります]


産経抄
 ▼小欄は、心から松岡氏の冥福を祈るものである。死者に鞭(むち)を打たないのは、うるわしい日本文化のひとつでもある。それでも、自らの死によって、真実を闇に葬ろうとする行為を認めるわけにはいかない。



中日春秋
▼「真実一路」を信条に挙げていた。ならば、「ナントカ還元水」ではなく、もっと詳しい説明をしてほしかった。「お世話になった人を大切にする」との言葉も信条で、そんな人や自分を選んだ有権者のため、命を大事にして責務を果たしてもらいたかった。死者をむち打つことにもなろうが、そう書く



朝日社説
 これらの疑惑が自殺にどう影響したのか、松岡氏の心の内は定かではない。ただ、もし何らかの関係があったとすれば、なぜ事実を明らかにし、非があるならそれを認めて出直そうとはしなかったのだろうか。

 死者にムチ打つつもりはないが、それが国会議員として、また閣僚としてふさわしい責任の取り方だった。



擁護の首相責任追及へ=松岡農水相自殺で野党(時事)
 民主党の鳩山由紀夫幹事長は同日午後、首相が野党や世論の批判に耳を貸さず、松岡氏を閣僚として起用し続けたことが自殺の一因になったとの見方を示した。同党の国対役員会では「死者にムチを打たないようにする」ことを確認したが、この後、鳩山氏は小沢一郎代表と会談し、「政治とカネ」の問題で政府追及の手を緩めないことで一致した。


↓言葉は違うが意味は似たようなもの

余録
▲公人の突然の自死が、さまざまな憶測を呼び起こし、政治的な波紋を巻き起こすのは、この世のやむをえない成り行きである。農相自身のためにもそれが残念でならないが、すでに永遠の世界に旅立った魂には静かに手を合わせたい。

 今回の件は、直接的には与党のスキャンダルだが、大きくは、政界全体の問題ということになる。野党は与党を追及して事足れり、となるのか。国民は、野党に対しても厳しい視線を注いでいるのでは? まあ、現状への不満を表すには、与党に入れる選択肢は無いので、相対的に野党が浮上してくるんだろうが、トータルで見れば、政治全体への不信が高まったと思う。



松岡農相自殺/あまりにもやりきれない
死者にむちは打ちたくない。だが、安倍晋三首相が初の組閣で、既に疑惑が取りざたされていた松岡氏を農相に起用したことに危惧(きぐ)の念を覚えた人は多いはずだ。首相の任命責任が問われるべきだろう。



[松岡農相自殺] 疑惑未解明のままではやりきれない
 死者にむち打つようで忍びないが、農相には昨年の組閣段階から疑惑が取りざたされていた。にもかかわらず、首相は松岡氏を農相に起用した。首相は任命責任の重さを再度かみしめなければならない。


「政治とカネ」透明化を急げ/松岡農相が自殺
 だが、松岡農相は潔白を主張していた。自殺した二十八日の午後、松岡農相は参院決算委員会で緑資源機構の談合事件などについて答弁する予定だった。死者にむち打つようだが、自殺などせず、出席して堂々と説明責任を果たしてほしかった。

 どの記事も、書いてあることは似たようなもの。「死者をムチ打つ」という枕詞がやけに多いのも同じ。松岡氏の疑惑などについて述べるとき、そのままだと過激になってしまうから、「死者にムチ打つ」という言葉を使いたくなるのだろう。

 でも、その枕詞に、「死者をムチ打つわけではないが」という否定形と、「死者にムチ打つようだが」の肯定形、正反対の二つがあるのは不思議。気を遣っているのは分かるが、多少なりとも死者にムチを打っているのは確かなんだから、肯定形のほうが潔いかも。当blogも、死者にムチをうつことは今後もする。検察も野党も、疑惑の解明を止めてほしくない。松岡大臣を含め、関係者の自殺が相次いでいるからこそ、余計に真相を知りたくなってしまうのだ。「死者にムチ打たない」なんて綺麗事ですまされる問題であろうか。


2007年05月29日(火) | 09:01:47 | トラックバック(0) | 政治

とりあえず松岡大臣自殺による参院選への影響を簡単に

 もし支持率や参院選に、自殺の影響があるとすれば、以下の2つの方向性。


  1. 松岡大臣が自殺したのは、野党の陰湿な疑惑追及によるものs。松岡さんお悔やみ申し上げますで、与党に一票。

  2. 現職閣僚・松岡大臣についての最終責任は、当然、上司たるたる安倍首相にある。安倍氏の内閣運営へ不安が高まり、野党に一票。


 勿論、有権者個々人で投票行動は違う。しかしトータルでは、松岡大臣の自殺がどれだけの同情を買うことができるかで決まる。過去、大平首相が選挙期間中に死去した後、分裂気味の自民は結束、多くの同情票が入り、結果、自民勝利に終わったということがあった。この再現を与党は実現できるか?

 正直、無理だと思う。「自殺は自殺、選挙は選挙」と分けて考えるか、上記の2のように考える有権者のほうが多くて、1の票をよくて相殺、下手すると、2が上回るってことになると思う。これは、松岡大臣への同情は意外に少ないのではないか、と考えるからだ。大平首相との違いは以下の通り。

  1. 大平首相は政局で弱い部分があったが、黒いところはないので、亡くなれば、当然惜しまれる。

  2. 一方、松岡大臣は疑惑。そして国民から「限りなく黒に近い灰色」と見られていた。

  3. 大平首相の病死は誰の責任でもないが、松岡大臣の自殺は明らかに政権運営や「自らの選択」の結果。

  4. 政権運営に問題があったとすれば、自民党内での批判や混乱は必至。葬儀等が一段落つけば、党内政局も。

  5. この自殺により、「限りなく黒に近い灰色」というイメージが固定。或いは「自殺したってことは、自らの罪を認めたようなもんだ」と思われてしまう。実際、その後の報道で、松岡大臣の一連の疑惑が改めて報道され、一方で良い報道はあまりされていない。

  6. 下火になっていた疑惑問題が、自殺により、かえって話がでかくなってしまった。



 要するに、松岡大臣の疑惑のイメージがあまりに強く、自殺の原因もそれの可能性が高いから、同情心が薄れ、「弔い」をすることを阻んでしまう。また、自殺の遠因として安倍首相の内閣運営が持ち出されれば、当然、党内はゴタゴタする。全くの無傷だった大平首相のときのように、党内がまとまれるわけがない。

 あとは、野党がどうでるか。上記の通り、今回の自殺は野党に有利とみるけれど、その有利な状況をどう活用するかは案外難しい。何しろ、現職大臣が国政選挙の前に自殺なんて、(少なくとも近年では)前例が無いのだから。また、当の本人は亡くなってしまったのであるから、口汚く対立陣営を罵ればそれでよいというものでもあるまい。この件についての与党追及は、マスコミや国民に任せておいて、野党は年金に戻ったほうが無難な気がする。

 …と書いたら、既に記事になってゐた。

擁護の首相責任追及へ=松岡農水相自殺で野党(時事)
 野党各党は28日、松岡利勝農水相の自殺にショックを受けながらも、7月の参院選をにらみ、「政治とカネ」の問題で引き続き政府・与党を追及していく方針を強調した。特に、安倍晋三首相の任命責任に加え、疑惑が指摘された松岡氏を擁護し続けた首相の対応を徹底追及する構えだ。
 「(首相が)もっと早く解放してやればよかった。松岡氏は(自分が)したことと、首相からかばわれていたその相克の中で、悩み抜かれていたのではないか」
 民主党の鳩山由紀夫幹事長は同日午後、首相が野党や世論の批判に耳を貸さず、松岡氏を閣僚として起用し続けたことが自殺の一因になったとの見方を示した。同党の国対役員会では「死者にムチを打たないようにする」ことを確認したが、この後、鳩山氏は小沢一郎代表と会談し、「政治とカネ」の問題で政府追及の手を緩めないことで一致した。

 格好のネタを手に入れて元気になっている野党もホドホドにしておけよ。「死者にムチを打たないようにする」のは良いとして、この件で安倍首相を追及し過ぎると、死者を政局に使っているみたいだから。首相に任命責任があるのは当然だけど、そこよりも、「政治とカネ」の問題を建設的にやることを重点において欲しい。真実が分かるなら分かったほうが良いが、それは現時点では絶望的。あと年金も忘れるなよ。


◆       ◆       ◆


 今、テレ朝で内閣改造なんていってたが、まずありえない。これまでさんざん与党内で言われてきたのに、やらなかった。もう参院選まで二ヶ月しかないし、こんな最悪の事態になってから改造したって、効果なんかありゃしないよ。改造どころか、年金問題をかわすので精一杯で、改造にまで頭が回らないと思う。

 衆参同日選? そんなことできるわけないじゃん。衆参同日は党内が一致団結してないと効果無いんだよ。

 とにかく、今後は、不謹慎な言葉だが、選挙まで「劇場」となってしまうと思う。前回総選挙の小泉劇場は陽性だったが、今回の劇場は陰性。マジで筋金入り。

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2007年05月28日(月) | 19:59:33 | トラックバック(0) | 未分類

【緊急】松岡大臣自殺【本当】


 今朝、以下のように書きました。


行方も知らず 消えし年金
さて選挙まで、あと1箇月以上、5000万件で間が持たせられるでしょうか?
私は、他に大きな案件が持ち上がってこなければ、充分可能だと思う。

 そしたら、速攻で、「大きな案件」が持ち上がってきてしまいました。

農水相が自殺、政界に衝撃
「大変残念な、お知らせをしなくてはいけません。松岡利勝農林水産大臣におかれましては、本日午後2時、治療中の病院でお亡くなりになりました。心からご冥福をお祈り申し上げ、奥様をはじめ、ご家族の皆さま方に心からお悔やみを申し上げたいと思います」

 当blogでは松岡大臣の件については、何も触れてきませんでした。他に大切なこと・興味あることが沢山あったからです。しかし、今回の件は、それらを超えるインパクトがあることは認めざるを得ません。そう、年金問題を一時的に吹っ飛ばしてしまうほどの。だから先程の参議院選予測は、一時保留します。

 正直、何てコメントしていいか、リアクションに困る。単なる病死や事故死ならともかく、自殺では…。御冥福をお祈りいたします。

 実は松岡事務所の関係者も少し前に自殺しています。

松岡事務所関係者が自殺…熊本の自宅で首吊り
 松岡利勝農水相(62)=熊本3区、写真=の地元事務所関係者の損保代理店社長(62)が、先週末に熊本県阿蘇市の自宅で自殺していたことが22日、分かった。「ナントカ還元水」など、カネの問題で話題となっている松岡氏の周辺者だけに、さまざまな憶測も飛び交う。いったい何があったのか。

 国会答弁は「問題無い」で通していた松岡大臣ですが、その心中は、過度のストレスで一杯だったのでしょう。

 「李下不正冠(李下に冠を正さず)」という諺もあります。光熱費の件が、法律に違反してないというのなら、この諺を引き合いに出して、大臣を辞職すれば、それで一応は収まって、逮捕されることはないだろうに。何も自殺することあるまいに。

 ただ、根拠無き推測ではあるけれども、他にも色々と後ろめたいことがあって、それで警察や地検が動いているようなら、やはり自殺するしかなかったのかもしれない。あと、今日、毎日の世論調査で、内閣支持率にショッキングな値が載せられているが、これも影響したか?

 結果論になっちゃうけど、安倍首相は光熱費の段階で大臣を馘にしてしまえば、それで、この人の肩の荷が降りて、かえって良かったんじゃないかな? あと、追求し過ぎたマスコミや野党や国民のせいだ!なんてバカバカしい論議は却下。それは、疑惑に答えられないほうが悪い。(でも内心は、当blogで松岡大臣のことを扱わなくてよかった…と思っているもう一人の私もいる)


 この件は、どこまで参議院に影響するかは、今週中に考察する。あと大臣死去による補選は、参議院選挙と同日らしい。

熊本3区補選は参院選と同日に=松岡農水相死亡で
 松岡利勝農水相の死亡を受けた同氏の欠員を補う衆院熊本3区補欠選挙は、公職選挙法の規定により夏の参院選(7月22日投開票予定)と同日に行われる。 

 弔いと不祥事の二つの性格を併せ持ったこの補選、どのような結果が出るか、要注目である。

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2007年05月28日(月) | 17:44:23 | トラックバック(0) | 未分類

行方も知らず 消えし年金

源氏物語「蜻蛉」の巻の最後の歌

 ありとみて 手にはとられず 見ればまた 行方も知らず 消えし蜻蛉

  あると思ったが、手に取ることができない。
  手にいれたと思ったが、また行方も知らないで消えてしまうカゲロウ

 この歌は、薫作。結婚までもう一息というところで、何故か相手方の女性が早々に死んでしまう。その嘆きを、女性を蜻蛉にみたてて詠んだわけです。

 しかし、この歌、現題日本人にも当てはまってしまうかも。もちろん、「蜻蛉」は女性ではなく、年金です。

 長年、保険料を払って投資してきたのだから、年金はもらえると思った。なのに、例の5000万件の話で、年金を手に取ることができない(かもしれない)。せっかく手にいれたと思ったのに、蜻蛉のようにはかなく消えてしまう年金であることよ(詠嘆)。

 いっそのこと、上の歌の「蜻蛉」を「年金」に置き換えてしまうと、露骨に現代の狂歌になってしまいますな。

 ありとみて 手にはとられず 見ればまた 行方も知らず 消えし年金



 当blog的には、この件が、どこまで参議院選挙に影響するか、という点に興味があります。

 以前から述べていることですが、私個人は、次の参院選は反自民で行きます。なので、自民に不利なネタが出てくると、すごく嬉しい。先月は、自民や内閣支持率が底を打って上昇に転じたから、つまらなかった。4月中旬から、大学院と仕事のかけもちで超忙しくなったのに、「今の状況だと、与党がギリギリ過半数確保しますね」なんて、つまらないことを書いている暇はない。でも、自民に不利なネタが出てきたら、話は別だ。

 そういうことで、当blogは、全然、政治的に中立ではありません。もちろん、私は無党派なので、今は反自民だけど、その次は親自民に転じる可能性もあります。そういう意味では、どこかの政党の信者というわけではありません。また、情勢の予想を行う際などは、有権者の多数派が、どのようなことを考えているか、なるべく主観を廃した形で行っていきたいと思っています。



 以前、書いたことより。

参議院選挙の争点について
 自民党は、郵政選挙のときの民主党と全く同じ過ちを繰り返すかもしれませんね。すなはち、
「同じテーマで、二度勝つことはできない」

 あのとき民主党は、郵政民営化の対抗として、前回の参議院選のときのテーマ「年金」を持ち出しましたが、歴史的敗北を喫してしまいました。

 別に選挙民は、年金整備を拒否したわけではありません。でも二匹目の泥鰌を簡単に許すほど、選挙民は甘くない、ということです。既に一度勝たせているんだから、選挙など関係なく、さっさとやってくれ、ということです。

 今回の地方公務員給与引き下げも、大枠としては、前回選挙時の「郵政民営化に始まる改革」に含まれているわけですから、選挙など関係無く、とっととやってもらえばいいわけです。他にも喫緊のテーマが山積みなのに、敢えてこれを持ち出す、ということは、あの時の民主党の同じく「逃げ」ととられる可能性があります。

 基本的にはこの通りなのですが、今回は、年金問題に新たな展開があったから、3年前の再現が有り得るかもしれない。

 3年前は、与党の改正案採決が、「人生いろいろ」発言で相当に色づけされて、あの結果になったと、私は思っています。今回は、「もらえない」或は「減額されている」、という可能性があるわけですから、単なる失言以上にヤバいのではないでしょうか。

 「人生いろいろ」発言は、平成16年6月2日。その後の参議院選挙は、7月11日。少なくとも3週間程度はそれで話を持たせて、選挙戦に突入したわけです。結果は自民敗北。

 今回の場合は、現実に話が大きくなってきたのは、5月20日以降からだと思います。民主がこの件で争点化を狙うと記事になったのが5月21日くらい→ソース)。実際には、もっと以前から事態は判明していたんですがね。さて選挙まで、あと1箇月以上、5000万件で間が持たせられるでしょうか?

 私は、他に大きな案件が持ち上がってこなければ、充分可能だと思う。失言の場合は、失言追及しかやることがないので、せいぜい数週間でネタ切れになる。それは、柳沢大臣の産む器械発言からみても明らか。

 しかし、今回の件は、早急に「具体的な対応」が求められるもので、しかも、それは決して簡単ではなく、ぐずぐずしていたら、あっという間に一箇月や二箇月は過ぎます。しかも、社会保険庁改革の審議は、衆議院の委員会を通過しただけで、参議院での審議が残っています。その間、絶えず話題にされるわけで、選挙戦まで話を持たせるのは楽勝でしょう。

 また、社会保険庁改革それ自体についても、不信の眼差しは小さくはありません。与党とすれば、この改革案を選挙前に通して、年金の件でも、有利になりたかったのでしょうが、黄信号が灯った感じがします。普段なら、「文句ばかりの非建設的な野党」ということで乗り切れたと思いますが、今回は民主も対案を出してるし(全て対案を出さずとも、こう的を絞って対案を出すことの必要性は、以前から説いているところ)。

 そして、納付記録不明の話が大きくなり、野党側に、反対の大義名分を与えてしまったのが痛かった。当初、与党の対応は消極的で、話がでかくなるにつれて、やっと、社保庁法案に新たな条文を盛り込んだり、救済法案を試みたりとやりはじめた。しかし、いかんせん、採決までの期間が短すぎて、付焼刃的な印象があるのは否めない。野党はそこを見込んで、追及本格化のタイミングを、委員会採決の直前に設定し、与党に、この問題に対し、生煮えのまま強硬採決をさせた。

 こんな作戦を思いつくの、小沢代表ぐらいしかいませんよね(嗤)。

 委員会で委員長の口を塞いだのはどうかと思うけど、多分、影響はあまりない。本会議では、厚生労働大臣の不信任案を提出するそうだけど、それより重要なことは、「ちゃんと採決に出席するのか否か」。

 野党は、絶対に出席して反対票を入れるべきだし、実際、そうするでしょう。別にこれは綺麗事ではありません。野党側が有利な時に、わざわざ採決を欠席して「職場放棄」の批判ネタを与える必要もないからです。前回の柳沢大臣のときに学んでいてくれているものと思います。



 2ちゃんねるより。

356 名前: 名無しさん@七周年 投稿日: 2007/05/28(月) 02:05:57 ID:87GdWBR10
年金問題は理屈じゃない。
支払い行為に直結した問題だから。
正論めいた事を言えば言うほど国民はキリキリする。
俺は最近は自民支持を続けてるが、具体的な対応がなされるまで、無投票だな。

 これは上手いところを突いたレスです。全くその通り。だから例えば次のようなことは、かなりの自民寄りない限り、言えば言うほどマイナスになると思います。

中川幹事長HPより
民主党は、この年金納付の記録漏れ問題を出してきて、今日の採決でも、委員長の口をふさいだり、マイクを飛ばしたりしたが、極めて遺憾である。

こういう問題を引き起こしたのは、社会保険庁で様々な不祥事を起こしてきた公務員労働組合である自治労・国費評議会の体質である。そういう官公労、自治労を擁護してきた民主党が、菅直人厚生大臣以来の自治労・国費評議会のそういった公務員組合体質が原因の年金の記録漏れ問題を起こしたのである。

政府案を潰すために、そして自治労・国費評議会の組織を守るために、政府与党を攻撃して、この法案を潰そうとすることは、まったく国民から理解を得られる行動とは思えない。

国民の不安感を解消するための6項目にわたる政府答弁の中で、政府・与党としての方針は、しっかりと今日の委員会の採決の前に出していただいた。

与党としては、来週速やかに衆議院を通過させ、参議院においても正々と審議し、速やかに成立させて、国民の年金制度に対する信頼をしっかりと回復したい。

 「こっちはちゃんと手続きを踏んでいるんだ、民主の悪あがきは全く無駄だ」というのは、確かにその通りなんだけど、なんかムカつく。ジャイアンが突然、「心の友よ!友達は仲良くしなくちゃな」とか言い出したら、それまでいじめられてきたのび太は、「何か裏があるんじゃないか」など、正論を素直に受け取ることはできないででしょう。

 国民の多数派としたら、「正論よりも、権利のある年金が満額貰えることのほうが大事」と考えていることでしょう。でも、それが叶うことの保証はない。このことの不満を表明するのに、結局、政権批判票を投ずることになる。民主の力量が無いのは確かだが、それを問題にして自民に投じて、それで自民が勝ったら「信任された」と宣伝するわけでしょ? それも癪なんだよね。


“22年までに調査は困難”
そのうえで、中川氏は「野党は『ことしの早い時期に問題を指摘したのに、政府はすぐに対応せず、怠慢だ』と鬼の首を取ったように言っているが、この問題は10年前からあった。制度を再構築するため、国会として政府をしったすべきで、政争の具にすべきでない」と述べました。

 その通りではあるが、この言い草も非常にムカつく。発覚当初から積極的な姿勢を見せていたならば、納得いくんだけど、今まで消極的だったクセに、野党に追及されて自分が不利になってくると「政争の具にすべきでない」は、いくらなんでも勝手でしょう。政争の具になっていなかったら、マトモに取り組んでいたのでしょうか?

2007年05月28日(月) | 07:00:15 | トラックバック(0) | 政治

茶髪少女、バイト先のクビ通告を撤回さす

 この前、歯医者にいった後、喜多方ラーメンを食べに行った。初めて入った店だったが、結構おいしかったので、がっついていたら、固い肉が入っていることに気が付いた。「噛み切れんなぁ」とか思いながら、一生懸命噛んでいて、ふと気付いた。

 そう、その「固い肉」とは、私自身の下唇だったのだ。

 麻酔が切れた後は、かなり痛かったです、ハイ。


16歳「茶髪」少女 バイト先からクビ通告 個人で労組へ
 ビジュアル系バンドや少女漫画が好き。そんな16歳の少女が、髪の色を理由にアルバイト先の店長から突然、クビを通告された。「納得できない」。彼女は闘うことを決めた。個人加盟できる労働組合(ユニオン)に入り会社と交渉、撤回させた。
(中略)
 首都圏青年ユニオンに入って交渉することにした。4月の団体交渉には、同ユニオンの16人が支援に駆けつけてくれた。会社側は「解雇通告だというのは誤解」と説明。店長の「クビ」発言についてもはっきり認めない。だが福家さんは「一緒に働けないと言われたら、クビと同じじゃないですか」と思いをぶつけた。交渉の結果、会社は、髪を黒くしなくても今まで通り働くことを認めた。

 福家さんは20日に東京・明治公園である「全国青年雇用大集会2007」で体験を話す。

 「16歳でも、働く人の権利を知らないと絶対損をする。何も知らなければ、何も言うことができません」

 この少女の行動力は大したものだが、それはそれとして、もし店長側を擁護するならば、「茶髪は客に不快感を与え得る。故に茶髪を理由に解雇することも可能」となる。この言い分は、至極、真っ当に聞こえるし、このblogを読んでいる人の半数以上もそう思っていることだろう。

 私とても、そう考える部分が無いではない。しかし、本当にそれでいいのかな?という気持ちのほうが、より強い。

 「茶髪は客に不快感を与え得る」とはいっても、茶髪の人は不潔とか不真面目とかいう具体的な調査・研究結果が出たわけではない。単に、20年前の規範意識を今の今まで大切に抱えた人達が、合理的な根拠無く、茶髪の店員を白い目で見ている、というだけのことに過ぎない。そんな偏見でも、「客商売」という観点からは望ましくないのは確かだから、茶髪を排除しようとする。

 しかし、頭髪は身体の一部である。マニキュアやピアスや制服のように、勤務中と勤務後で使い分けできるものとは事情が異なる。仕事のために、頭髪を黒にしてしまったら、私生活でも黒で通さなくてはならない(まぁヘアマニキュアというものもないわけではないが、結構、金や手間がかかる)。

 いくら商売上、望ましくないとはいっても、従業員の私生活に影響を与えるような命令は、やはり慎重にすべきである。会社がこの種の命令を出すことは、一体どこまで許されるのだろうか、或は、どこまで拘束力を持つものなのだろうか。そこに疑問を持つのである。

 「仕事なんだから、我慢しなくてはならないこともある云々」という「大人の人達」のゴタクは、聞き飽きた。

 まぁ、今回の題材となっている茶髪への偏見は、年配の方を中心に、まだ存在していると思われるので、説得力に欠ける部分があるのは否めない。

 しかし、会社に、一方的に遠隔地への転勤を申し付けられ、単身赴任は出来ないので断ったら、クビになった、というケースならどうだろう。これなら、かなり深刻である。

 ちょっと検索したところでは、転勤拒否はなかなか難しそうである。実際、そのような裁判の判例もある。勿論、転勤の命令権は会社側に無制限にあるわけではないが、よほど労働者の側の不利益が大きくない限り、命令が無効になることは無いみたいだ。

 単身赴任は拒否できるか

 正直なところ、茶髪による解雇は無効になり、転勤拒否による解雇は懲戒免職もOK、というところに、諸条件は異なるにせよ、ものすごく違和感を感じる。ただ、私は前者をダメだと言っているのではない。むしろ、前者のようなパワーが後者に及ぶことを期待しているのである。

2007年05月20日(日) | 00:08:57 | トラックバック(0) | 社会

私流ゲーム理論による「民主党反対の定理」

 国民投票法案が可決された。

 今回、民主は反対に回った。これは落ち着くべきところに落ち着いた、というべきであろう。

 御存知の通り、民主の中には、憲法改正や国民投票法案に、内心賛成している人と反対している人とがいる。また、民主党がどうあがいても、法案が可決されてしまうのは避けられない。この状況で民主党が党として反対すると、どういう状況になるか。これを示したのが表1である(手間を避けるため表2も一緒の画像ファイルを用いる)。

民主党反対の定理


 ○は10点、×は0点とすると、ここでは賛成の議員も反対の議員も10点となる。賛成派は、自らの意志を投票で示すことができないが、どうせ与党の賛成多数で可決されるのだから、と自己合理化できる。反対派も、可決されるのは悲しいが、自らの意志でそれに抗することができるのだからと、そこそこ満足する。

 そしてここで、もし民主が賛成に回った場合はどうなるか。これが表2である。

 賛成の議員は20点だが、反対の議員は0点。賛成の議員は、自分の意志を投票で示せて、しかも可決するのだから、こんなにハッピーなことはない。しかし、反対の議員は、意志に反する法案に賛成票を投じ、その結果、法案が成立してしまう。悪夢である。

 最終的に賛否を決めるのは幹部だが、賛成派と反対派は、党内でせめぎ合いは行っていたであろう。そして、両者の均衡点が表1なのである。党分裂を避けたければ、表2のように一方的に有利・不利が決まる状況を取ることができないのは自明の理である。

 定理(民主党反対の定理)
  以下の条件の法案では、民主党は反対に回る可能性が高い
   (1)与党の賛成多数で、法案可決は最初から決定している。
   (2)党内が賛否両論に、分かれている。
   (3)党分裂を避けたがっている。
   註:この定理は、法案の内容には依存しない。

 寄り合い世帯の民主党が、これまで何とかやってこれらのは、「民主党反対の定理」による均衡点が存在したからである。条件が三つあるが、均衡点を維持するのに、これらの条件は重要である。

 今回の国民投票法案についても、3つの条件は成り立つ。といっても、(2)の条件は表立っては表れてはいない。これは、幹部自身が「民主党反対の定理」の自覚していて、対立が表面化する前に、法案反対に梶を取ってしまったからであろう。しかし表面化はしなくとも、議員の本音レベルでは、賛成反対があるに違いない。



 さて、私が言いたいのは、「民主党反対の定理」そのものではない。民主党内で極めて堅固な賛成論・反対論があるにも関わらず、「民主党反対の定理」が適用されない一つの例を挙げたかったのだ。

 それは、「憲法改正」である。

 憲法改正では、(1)の条件が成り立たない。憲法改正では、3分の2の賛成が必要であるため、与党の賛成だけでは発議することができないからだ。結果、キャスティング・ボートは、必然的に民主党が握ることになる。

 普通、キャスティング・ボートを持てるのは嬉しいこと。しかし、「憲法改正」は、民主党最大の分裂テーマ。「全員反対」という均衡点に逃げることができない。解党と隣合わせである。

 じゃ、民主党はどうすればよいのか?

 一番、民主にとって楽なのは、自民と公明が、野党抜きで、勝手に憲法改正案を作って、提出してくれること。そうすれば、民主党の改正論者は、いくら改正賛成とはいえ、自分達に全く相談無く作られた改正案に賛成できるわけないから、反対でまとまれる。つまり、民主党の憲法改正論者に「反対」の名目を与えてやれると、意外にすんなり改正案否決に持ち込めるし、民主の分裂も避けられるわけだ。

 やっかいなのは、自民と公明と民主が、仲良く3党合意の上で、憲法改正に向けて歩みだすこと。こうなると、民主党の改正論者は、反対する名目は無くなる。自分が賛成だろうが反対だろうが結果は変わらない他法案と違い、キャスティング・ボートを握っている憲法改正においては、改正論者は、絶対に改正案に賛成しようとする。

 一方で、改正反対論者も、民主が反対すれば廃案に持ち込めるから、絶対に改正案に反対しようとする。

 待っているのは、カオスしかない。




 じゃあ、自民はどうかって?

 安心しろ。民主のようなカオスは、起こらない。

 大体、護憲派のクセに自民にいるようなメンタリティの人間が、党の多数派を占める改憲派に抗して、反対などするわけがないじゃん(まあ一人くらいはいるかもしれんが、大勢にはならない)。そうやって護憲派が独立したところで、与党でなくなり、次の選挙で不利となり…ロクなことがない。

 それに、彼らも、改正案提出前の段階で、意見することはできるし、それらのうち、いくつかは当然反映される。与党が分裂しないよう調整したものを出すんだから、憲法改正に関しては、自民にカオスは起こらないのである。

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2007年05月14日(月) | 23:58:13 | トラックバック(0) | 政治

JR北海道 留萌線・秩父別駅の件について


 南びわ湖駅の件が中途半端で終わっておりますが、秩父別駅の話が盛り上がっているようなので…。


JR留萌線:高校生26人乗れず 「詰めなかった」に疑問の声 混雑原因か /北海道
 ◇いつも以上の混雑原因か
 「いつも以上の混雑が本当の原因では」――。JR留萌線秩父別駅(空知管内秩父別町)で9日朝、通学の高校生26人が列車に乗れなかったのは「列車内の高校生が奥に詰めなかったから」とのJR北海道の説明に、列車に当時乗り合わせていた高校生や学校側から疑問の声が上がっている。高校生の「マナーの悪さ」が真の原因だったのか。10日朝、同じ列車に乗り、検証した。【田中裕之】
(中略)
 ●JRの認識
 同支社が高校生のマナーの悪さを指摘する根拠は何か。旭川支社によると、9日、深川駅に着いた列車の乗車状況を確認したところ、後部に数人程度乗れる余裕があったという。「運転士は(秩父別駅で)まだ乗れることに気付かなかったと思うが、実際には詰めればあと数人は乗れた。26人全員が乗れたという認識はこちらも持っていない」と10日になって当初の説明を微妙に変えた。
 9日に同じ列車に乗っていた高1女子(15)は「昨日もみんな後ろに詰めていた。あと2、3人しか乗れなかった」と話す。別の高3男子(17)は「この冬にも5人ほど乗れないことがあった」と混雑への不満を述べた。この列車をよく利用する沼田町の無職男性(74)は「車両が小さ過ぎるんだ」とぼやいた。
 深川東高校の川真田政夫教頭は「マナー違反が原因だと一方的に責められ、生徒は傷ついている」と憤る。現在通学でこの列車を利用する生徒は同校が昨年より約20人、深川西高は約10人増えた。川真田教頭は10日、「2両編成で運行してほしい」とJR側に要請した。


 この件において、以下のことだけは「事実」でしょう。

 命題A:26人が乗れなかったのは、入り口付近の混雑のため。

 しかし混雑の原因が、高校生によるものなのか、JR北海道側の不手際によるものなのかがハッキリしない。ただ、事実がどうあれ、今回の件については、JR北海道の「負け」だと思う。

 JR側の根本的な誤りは以下の通り。

 JR側の証人は、運転士ただ一人しかいない。そして運転士は運転席に縛り付けられているから、運転席からの印象しか語ることはできない。

 一方、高校生側は、何十人と証人がいる。しかもそのなかには被害者26人まで含んでいる。そして、一方、高校生は、列車の中から外から、前から後ろからあらゆる箇所に「分布」していた。

 ・運転席からの印象しか語ることのできない運転士
 ・実際に乗っていた何十人という高校生
 ・被害者の26人さえ、乗客を批判していない。

 どう考えても、JRのほうが分が悪い。

 にも関わらず、JR北海道は、運転士の言い分のみを根拠に、「悪いのは高校生のマナー」と言い切ってしまった。

 鉄道マニアなら御存知だと思うが、北海道の赤字ローカル線の朝夕における主要な客は、高校生だ。そして、ある列車に乗っている生徒達が、どこの高校かは、ほぼ特定できてしまう。

 「犯人はお前らだ」と、ほぼ名指しに近い形で批判された高校生は、当然の如く反論するだろう。そして、生徒の後ろには教師がいる。一方的に生徒達が悪いなら、教師も謝るしかないが、濡れ衣という話ならば、教師も生徒の肩を持つに決まっている。だって、生徒が悪いってことは、結局、教師や学校が悪いってことなんだから。

 もう、JR北海道の負けである。何らかの対策をうち、一方で高校生にも協力を呼びかけ、形式上、喧嘩両成敗の形をとってフェードアウトさせるしかない。勿論、「乗客に注意を促す」以外の具体的な対策が必要である。車輛新製をせずに、運用を工夫することで、車輛を増結できるなら、それが一番。あとは、扉やワンマン方式の運用方を再考するとか、車輛を立ち客のことを考慮した形に改造するとか、朝夕のみ誘導員を手配するとか。いくら赤字ローカル線とはいえ、合理化一辺倒ではなく、そのくらいの工夫はしてもよいと思う。



 ところで、戦略論はともかく、現実はどうだったのだろうか。当時のビデオカメラなどがあるわけでもないから、調べるにしても限界がある。

 まづ言いたいのは、「十輌編成でロングシート車、そして各車輌に4つ扉がある」という、東京や大阪の感覚を、この留萌線に持ち込んではダメだ、ということ。

 北海道のローカル線の車輌は、大抵、扉が二つしかない。しかもワンマンのため、後ろの扉は開けずに、乗客の定期をチェックしながら一人一人乗せる、という感じだったと思われる。そして、防寒のためのデッキがあるので、余計に流れが悪くなる。更には、クロスシートであるから、都会のロングシート車のように、立ち客のための充分な空間が確保されていない。

 上手い具合に写真を拾ったので、見てください →キハ54形 留萌本線

 こういう形の車輌においては、入り口を起点に、立ち客達の長細い列が形成される。そのため、人間を詰め込むためには、奥のほうから順繰りに詰めていく必要がある。もし、入り口付近の数人が詰めようとしたところで、その「乗車圧力」が奥まで伝播するには、結構な時間がかかってしまう。結果、入り口付近の人間は、詰めるに詰められない、という状況が出現してしまう。

 運転士は、入り口付近しか見えないのであるから、この状況を、「入り口付近の高校生が、乗車を妨げた」と思ってしまっても、まぁ仕方がない。ただ、このような車輛の構造からすれば、犯人は、「入り口付近の高校生」とは限らないわけで、同じ高校生を犯人をするにしても、それは「奥にいた高校生」だった可能性だって充分にある。

 ただ、この運転士の言い分は、JR北海道にとっては都合がよい。一時間に一本のローカル線において、混雑のために乗客が26人も乗り損ねた、となれば、それはJR北海道の責任になってしまうが、「高校生が悪い」ということなら、JRの責任は半減する。しかも、実際にマナーの悪い高校生は少なくないから、見境なく、そこに飛びついてしまったのだろう。

 丁度あれだ、JR西日本の福知山線脱線事故の際、あの役員どもが、線路の白い粉を見て、置石の可能性を大々的に宣伝してしまったのと、同じ心理だ。

 ちなみに、都会の「4扉・デッキ無し・ロングシート」の車輛なら、何の考えもなく、どんどん詰め込める。ロングシートで立ち客のための充分なスペースが確保されるし、デッキが無いので余分なボトルネックが無い。

 更には、扉が多く、しかも大きい。一度に多数の乗客が乗ることができるので効率が良いだけでなく、乗車圧力が高まって、更に詰め込むことができる。また、扉〜扉の間隔が短いため、扉から最深部への奧行があまりなく、扉からの大きな乗車圧力が、簡単に最深部まで行き渡るようになっている。山手線などで実施されている6扉車は、このような通勤電車の原理を、一層おし進めたものである。

 要するに、都会の列車は二次元で客を捌いているが、問題の車輛は、一次元でしか客を捌けないわけだ。だから、原理的に、人間を詰め込む構造にはなっていない。そこんとこを考えないで、都会の人間の感覚で、「もっと詰めれば乗れた筈」とするのは、あまりに一面的だと思うのである。



 次に、混雑に対する認識が、都会と留萌線において異なることも考慮する必要がある。そりゃ、東京の殺人的ラッシュのような感覚で詰め込めば、絶対に乗れますよ。

 しかし、そこは赤字ローカル線の高校生。そこまで車輛に詰め込む、ということに慣れていない人が大半だと思う。客観的に見れば、まだ余裕はあっても、彼らからすれば、充分に詰めたという認識でいるのだと思う。

 また、あの車輛は、立ち客のための空間は狭いもんだから、一見、余裕がありそうにみえても、体感的には結構苦しかったりするし、無理な詰め方をすれば怪我をする。JRの「詰めれば、まだ乗れる」という言い分に、そこまで正当性を認めなくてはいけないものなのだろうか。電車は詰め込むのが当たり前だと頭から信じている人は、少し自分が「洗脳」されていることを認識すべきだと思う。私なぞは、昼間、運転間隔が長いクセに混雑している列車にあたったら、JR東日本にコッソリ悪態をついている。まあ、朝夕のラッシュ時は仕方が無いけれどね。



 次に、「高校生のマナー意識」について述べる。留萌線の高校生がどうだったのかは別にして、確実に、マナーの悪い高校生は存在する。ただ、彼らの問題は、「マナー意識の欠如」であって、「悪意」ではない。

 ここでは、「マナー意識の欠如」と「悪意」を分けて考えよう。

 マナー意識の欠如…配慮が無いため、結果的に他人に迷惑をかけること。
 悪意…意図して、積極的に他人に迷惑をかけること。

 車内で騷いだり、入り口附近にたむろしているのは、まさに「マナー意識の欠如」のなせる業であろう。ただ、積極的に乗客を困らせようとして、無意味な文句を喚いてみたり、乗客を手で押し出したりすることはしない。それは「悪意」に属する行動なのだ。

 列車内の高校生に限らない。大人だって、好きな音楽を大音量で聞こうとして、結果的に近隣に迷惑をかけてしまうことはある。それは、「マナー意識の欠如」が原因である。しかし、わざわざ迷惑をかけようとして、大音量の音楽を流しまくる人間は、ニュースになってしまうほど数少ない(奈良の「騒音おばさん」など)。これは「悪意」による行動である。

 このように、現代日本の日常的な迷惑の大部分は、「マナー意識の欠如」によるものであって、「悪意」に基づいた迷惑は、案外少ないものと思われる。

 さて、今回の留萌線の件である。

 単に「奥に詰めないで、乗車の邪魔になっている」というレベルなら、確かに「マナー意識の欠如」である。しかし、「奥に詰めないで、全然乗れないでいる人間が何十人も溜まっている」ことを認識していながら、それでも奥に詰めないことを、単に「マナー意識の欠如」としてしまってよいのだろうか。「詰めろ、詰めろ」と何度もアナウンスされているのをわざわざ無視するのは、かなり「悪意」が入った行動ではないだろうか。

 しかし、上で述べたように、「悪意」に基づく行動というのは考えにくい。いくら入り口でたむろして迷惑をかける高校生が多いといっても、後続の人達が全然乗れないとなれば、ちゃんと詰めようとするのが、普通の人間の心理ではないか。

 となると、結局、「詰めようとしたが、充分に詰められなかった」と考えるしかない。勿論、詰め方を工夫すれば全員乗れたのは確か。しかし、そもそも詰め込む構造になっていない車輛で、完璧な形で詰めることが出来なかった、ということを、即、マナーの問題に直結させて、乗客のせいにする思考回路はいかがなものだろうか。JR北海道は、自らの要因に触れず、高校生を一方的に犯人扱いしたことは、軽率だったと思わざるを得ない。「詰めればあと数人は乗れた」という言い草は噴飯ものである。




 随分と高校生側の肩を持ってしまったかもしれない。

 しかし、ハッキリ言って、私もあなたも、留萌線の高校生も、多分、人間性の善し悪しは、そんなに変わらない。確かに、マナーの点では、大人のほうが優れているとしても、側に困った人がいる場合の対応が、高校生に比べて優れている人は、どれほどいるのだろうか。

 既に、北海道新聞のHPからは消えてしまっているが、以下の記事がある。

News Index [ニュースインデックス]
美幌踏切事故 高校生の救助活動たたえて 北見柏陽、北斗両高へ感謝状
北海道新聞
美幌町のJR石北線踏切で一日に発生した列車事故の際、自らも負傷しながら乗客らの救助活動に協力した北見柏陽、北見北斗両高の生徒たちをたたえ、JR北海道は十二日、幹部四人が両校を訪問して感謝状と図書券を贈った。事故に遭った列車には、北見柏陽の男女 ...

 確かに、この高校生達は素晴らしいが、ずば抜けているとは思わない。留萌線で同じようなことが起こっても、同じように感謝状を貰った生徒は出てくると思う。

 つまり、彼らは、普段、至らない行動があったとしても、重大な問題があった場合には、ちゃんと助け合うものなのである。今回の留萌線の件は小さいことだが、同じ高校の生徒が、一時間に一本の列車に乗れないでいるのに、わざわざシカトして入り口を占拠する行動が、本当に高校生心理に沿うものなのかどうか。いくら高校生がおちゃらけているからといって、色眼鏡で彼らを判断してはいけない、ということを、今回の件で痛感したわけである。

2007年05月11日(金) | 23:58:36 | トラックバック(1) | 社会

新幹線 南びわ湖駅問題 自民、嘉田知事に伏す?


<東海道新幹線>栗東の新駅建設問題、自民県連が凍結容認へ
 滋賀県栗東市の東海道新幹線新駅建設問題で、推進を打ち出す自民党県連の宇野治会長(衆院議員)は6日、「(凍結の立場の)嘉田由紀子知事の判断を仰ぐことになる」と述べ、13日の県連大会で、凍結を容認する方針がまとまるとの見通しを示した。県連役員会の後、報道陣に個人的な見解として語った。4月の県議選で惨敗し、党内で方針転換を求める声が強まったことを受けた措置。しかし文書には、凍結容認派と推進派の双方の顔を立て、凍結を明記しない“玉虫色”の決着となる公算だ。

 これまで書いてこなかったが、この件については、数年前、まだ新駅が「びわ湖栗東」と呼ばれていた頃からチェックしていた。そして、とうとう我慢できなくなったので、ここに思っていることを書くことにする。

 まず、上の自民県連の判断だが、極めて当然の判断である。ていうか、何故、この判断を、もっと前に出来なかったかが疑問である。嘉田知事が誕生した瞬間に、民意は新駅建設に消極的であることが判明したのであるから、そのときから徐々にフェードアウトしていれば、地方選で敗れるなんてことも無かったのに…。

 それは、栗東市の国松氏が曲がりなりにも市長選に勝ってしまったからかもしれない。

栗東市長に新駅推進・国松氏
 新幹線新駅設置問題が最大の争点となった栗東市長選は二十二日投開票され、新駅「推進」を訴えた現職の国松正一氏(五九)=自民党滋賀県連推薦=が、前栗東市議の田村隆光氏(四九)=民主党県連、社民党県連推薦=、元県労働組合総連合事務局長の杉田聡司氏(五八)=共産党県委推薦=を抑えて再選を果たした。新駅「凍結」を掲げる嘉田由紀子知事との対立構造が続くが、国松氏の得票率が四割にとどまったこともあり、新駅建設事業は今後も曲折の道を歩むことが予想される。

 ただ、得票数を見ると、国松氏が12,082票なのに対し、民主候補が11,053、そして真に驚くべきは、共産候補が5,992もあることだ。

 一般的には、候補者数が増えると票が分散するから、「民主+共産>自民」だからといっても、必ずしも、民意が「民主+共産」のほうにあるとは限らない。でも、上の結果は違う。現職市長としては、あまりに旗色が悪い。たまたま民主と共産の票が絶妙な具合で割れたから、どうにか国松氏が勝ったに過ぎない、と分析すべき。

 新駅のお膝元でさえ、これだ。滋賀県の他地域では、新駅推進派は更に旗色が悪いのであろう。

 それでも、勝ちは勝ちだから、推進派の自民は、嘉田知事に対して色々と攻勢を強めていく。

 しかし、次の件は、推進派にとって壊滅的打撃を与える。

起債2審も認めず
 栗東市内の新幹線新駅計画をめぐり、JR東海が迂回線路として造る仮線建設に、市が道路工事を名目に約四十三億円を起債して充てるのは地方財政法に違反するとして、住民八人が国松正一市長に、起債の差し止めを求めた訴訟の控訴審判決が一日、大阪高裁であった。若林諒裁判長は、起債の差し止めを命じた一審の大津地裁判決を支持し、市長の控訴を棄却した。栗東市側は上告する方針。
(中略)
 「起債に代わる財源は難しい」。新幹線新駅の仮線工事費に充てる起債の差し止めを裁判所から再び命じられ、記者会見に臨んだ国松正一栗東市長は苦渋の表情を浮かべた。国松市長は「起債は適法と思っており、市の新年度予算案が認められるように努力する」と話すのが精いっぱいだった。

 正直、私は、裁判や法律の詳しい内容までは分からない。しかし、判決が及ぼす影響なら理解できる。

 起債できない……つまり、駅を作ろうにも財源が無い、ということ。先立つモノが無ければ、どんなに息巻いたところで、作れっこない。

 これが統一地方選前の3月の判決なんだから、かなわない。推進派が地方選で負けるのは必至であった。

<東海道新幹線>栗東の新駅建設問題、自民県連が凍結容認へ
 県議会(定数47)の最大会派「自民党・湖翔クラブ」は今年2月、推進を前提としながらも「(県、関係市などでつくる)新駅設置促進協の結論を尊重する」と態度を軟化。しかし、県議選では改選前の28人から19人へと激減した。一方、知事を支持する地域政党「対話でつなごう滋賀の会」は、公認、推薦した計19人のうち12人が当選。このため自民関係者からは「7月の参院選が戦えない」との危機感が浮上していた。

 地方議員の自民衰退は、もともと全国的に見られる話ではある。しかし、滋賀県の現象は、「嘉田グループ」とでもいうべき新興勢力の影響で、自民衰退が特徴的な形で現れることとなってしまった。もし私が滋賀県民だったら、やはり嘉田知事に近い人に入れた、と思う(いくら嘉田さんが社民に支持されている人でもね)。

 上の裁判は、当然、反対派が「法の穴」を見つけ出して起こしたもの。もし、民意が新駅建設にあったならば、上のような裁判は起こされなかっただろうし、もし仮に起こされて敗訴しても、他の方法を模索してやれるだけやってみることはできる(実際、石原都知事は、サイレントマジョリティから支持を受けている様々な工事を開始している)。

 しかし、民意がそこに無いのなら、どうしようもない。やればやるほど、推進派は白い目で見られることになろう。自民の人間も、新駅推進運動のために、自分の首を差し出すに至り、やっと気付いたのであろう。去年の一審敗訴の時に気付けよ、という感じなのだが。

 こういう風に、支持されない事業を強引に推し進めようとする議員が、どんどん落ちる風潮が強まっていくのは、大変に望ましいこと。必要な事業は勿論やるべきだが、その必要性が有権者から理解されるよう、説明できなくてはダメなわけだ。無思慮な上昇・発展指向、地元の面子意識、町おこし名目で何でもやれる時代ではない、ということを理解しない・できない政治家や行政マンがいまだに多いこと、まことに驚愕に値する。

とくなが久志「平成14年度滋賀県予算に想う」
 そもそも滋賀県に空港は必要なのか。あと20年もすれば、今の私たちが新幹線に乗るような感覚で、気軽に飛行機に乗る時代がやってくることは間違いありません。また、製造業に特化された滋賀県の産業構造が知識集約型産業へと転換をはかる時、アタッシュケース1つに数億円の材料を詰め込んで世界を飛び廻ろうとする際に、滑走路のない県というのは致命的になりやしないか。現在の空港予定地である蒲生・日野地区を白紙に戻し、新たな候補地を新しい手法で選定することも考えるべきだと思います。

 これは、凍結されたびわこ空港に関して、平成14年に書かれた記事だけど、

 「製造業に特化された滋賀県の産業構造が知識集約型産業へと転換をはかる時、アタッシュケース1つに数億円の材料を詰め込んで世界を飛び廻ろうとする際に、滑走路のない県というのは致命的になりやしないか」

 ↑全くの妄想です。ちなみに私の出身地・埼玉にも空港はありませんが、そのことが致命的になるとは埼玉県民の誰も思っていないと思います。羽田や成田へのアクセスを改善して欲しいという気持ちはものすごくありますが、それと県内に空港を作る、ということとは全く別なことなのです。まあ、それ以前の問題として、ネット時代に、わざわざ飛行機で飛び回る必要も無いわけですがね(嗤)。

 「現在の空港予定地である蒲生・日野地区を白紙に戻し、新たな候補地を新しい手法で選定することも考えるべきだと思います。」

 ↑一旦、凍結になっても、いまだにこんなことを言っている。こういう亡霊はすぐには消えない。新幹線新駅も凍結される見込みだからといって、反対派は油断しないほうがよいと思う。



 まあ、政治的に推進派を批判するばかりなのもなんなので、新幹線新駅について一般的な話もしておこう。

 以前、私は厳しい地方空港の経営について書いた。しかし、新幹線の場合、空港よりは有利な点がある。それは、

 「路線・駅の、運営・運行は全てJR任せであること」

 このことは、ものすごく大きい。いくら強調しても足りないぐらい。

 空港の場合、航空会社とは独立している。だから、空港自身が経営努力をして、路線を引っ張ってこなければならない。結果、経営基盤の弱い地方空港は、路線を引っ張ってくることができず、廃港の危機に晒される。

 しかし、新幹線の場合は、路線と駅は一体だ。どんなに利用者が少なそうであっても、駅さえ作ってしまえば、最低こだま号だけは確実に停めてくれる。まして南びわ湖駅は、運行系統の関係から、ひかり号さえ停まるというのだ(まあ、のぞみが停まることは絶対無いだろうが)。

 JR東海にしてみても、駅の建設費用さえ出してくれれば、そんなに悪い話ではないのではないか。京都や米原からの転移を除いた、新駅による純粋な利用者増が、たとえ一日50人程度であっても、一人5000円使ってくれれば、一日25万円、一箇月で750万円、一年で一億円ちかくの増収になる(ちなみに東北新幹線の超閑散駅いわて沼宮内でも利用者は100人もいる→ソース)。一方で、新駅開業以降の継続コストの大部分は、駅単体の保守費と人件費が大部分。路線費用は、既に走っているこだま号とひかり号を停めるだけなんだから、ほとんどコストはかからない。JR東海は、駅間の長い米原〜京都間の間に待避線が欲っしていた、という噂もあるくらいだから、この新駅をお荷物扱いすることはないと思われる。

 また、南びわ湖駅は京阪神に近いから、長距離客のみならず、通勤通学客も取り込める可能性がある。そうなると、(平均単価は安くなるが)一日50人では済まなくなる。

 だから、地方空港を作るよりは、まだ新幹線新駅のほうが成功する確率は高い(あの岐阜羽島駅でさえ、そこそこの発展はしている)。一時期話のあった「びわこ空港」なんて、まともな経済感覚があれば絶対に認められるわけはないのだが、それに比べれば、南びわ湖駅のほうが、まだ現実的ではある。



 南びわ湖駅と同様の地理的条件に作った駅が発展した例もある。宮城県の古川駅だ(ただし、古川駅は請願駅ではなく、初めから東北新幹線に設置されていた)。

 古川駅と南びわ湖駅の類似点は以下の通り。
  ・接続在来線が本線ではなく、支線上にある(南びわ湖は草津線に新駅設置)。
  ・新幹線駅の開業前は、本線側の駅のほうが格が高かった(小牛田、草津)
  ・新幹線新駅の隣が大都市の駅(仙台、京都)。
  ・新駅のある自治体の人口が、5万人を少し超える規模。

 仙台・古川圏の路線図
 滋賀の路線図
 ・東海道線・山科の次の駅が京都。
 ・南びわ湖駅は、東海道線の栗東とは離れている。
  草津線の「草津〜手原」間に新駅が作られる予定であった。

 東北新幹線開業で陸前古川駅がなくなり、古川駅に移行、その後の発展は目覚しい。単に見た目が立派というだけでではマユツバかもしれないが、人口がかなり増えている。

1 人口の推移
昭和30 8,983 55,699
昭和35 9,918 53,953
昭和40 10,977 52,853
昭和45 12,163 52,518
昭和50 13,665 54,356
昭和55 15,204 57,060
昭和57 15,778 58,192 ←東北新幹線開業
昭和60 16,558 60,756
昭和63 17,526 62,639
平成元 18,024 63,454
平成05 20,128 67,273
平成10 22,783 71,282
平成15 24,867 73,890

 昭和30〜55年の25年間でたった2000人足らずしか増えていないのに、新幹線開業後の昭和57年から平成15年の21年で15,000人以上も増えている。人口とともに税収も増えているんだろうな。人口頭打ちの日本、特に地方で人口をここまで増やすには、相当、町の魅力を向上させないと叶わない。

 しかし、南びわ湖駅に関しては、そう景気のいいことが起こるのかどうか不明。私が抱いている疑問点については別途。

2007年05月08日(火) | 06:30:53 | トラックバック(0) | 社会

憲法改正は現実的に可能か。


憲法「改正」賛成46%、3年連続で減少…読売調査
 読売新聞社が3月17、18の両日に実施した憲法に関する全国世論調査(面接方式)によると、憲法を「改正する方がよい」は46%で、「改正しない方がよい」は39%だった。

 1993年以来15年連続で、改正派が非改正派を上回った。

 ただ、改正派は昨年調査に比べて9ポイント減り、3年連続で減少した。非改正派は昨年比7ポイント増えた。

 憲法改正については、安倍首相が強い意欲を示し、改正手続きを定めた国民投票法案が今国会で審議されている。憲法改正が現実味を帯びてきたことで、これまでの改正賛成派の中に改正の動きを慎重に見守りたいとする人が出てきていると見られる。

 他社の調査でも似たような結果が得られている。まあ、近い将来に、賛成3割 反対5割などというところまで落ち来むことはないと思うが、憲法改正に対する国民の反応が鈍くなっているのは確かだと思う。

 私も憲法改正論者ではあるのだが、一時ほどの興味は無く、「まあ今はどっちでもいいや」というのが正直なところ。私でさえそうだから、私よりも更に弱い賛成であった人達は、今は様子見や反対のほうに回っているのではないか。読売の記事にあるように、国民投票法案が、賛成反対に影響を及ぼしている可能性もある。

 私に関していえば、憲法改正なんて夢物語よりも、年金とか労働問題とか、もっと身近なことを、しっかりやってくれや、という気持ちが非常に強い。

 年金問題は、憲法改正と相矛盾する問題ではないよ? それは分かっている。

 ただ、いくら矛盾しないとはいっても、優先順位とか、要する労力・コストなどで、互いに競合するのは明らか。そして、憲法改正のために費やさなくてはならぬコストは、ものすごいものがあるのは容易に想像がつく。

 憲法改正に血道を上げるくらいなら、とっとと●●やれや、と思っている人は多いだろうし、さほど的外れな意見ではないと思う(●●には個々人が重要視している政策が入る)。もちろん、憲法改悪反対に血道をあげる社民共産に対しても、同じだ。

◇      ◇      ◇      ◇


 一般の法案は、与党さえまとまれば、どんどん通過させることはできるのだが、憲法は別である。通過には国民投票を必要とし、今度の国民投票法案では、国民の投票票数の過半数が必要とされている。

 しかし、上の調査では、改正賛成が46%しかない。9条のほか、様々な項目の改正や加憲など、個々の条文の改正賛成派全てを含めても、過半数に達していないわけである。一方、反対は39%。

 憲法改正しようとする立場からは、これは厳しい数字。

 数年後、憲法改正案が提出されるとき、国民の冷めた意識は、上手い具合に、昂揚してくれるのか、疑問。


◇      ◇      ◇      ◇


 そういえば、3日、会社の休み時間にテレビをみてたら、中曽根元首相が出ていた。

 詳細は忘れたが、大体、次のようなことを言っていた。

 憲法改正を発議するには、与党だけでは無理。民主党にも協力してもらわないと。場合によっては、政界再編するかもNE!

 まあ、本当に民主との協力が実現すれば、憲法は改正されますよ。それは当然。

 でも現段階では、それが完全にぶち壊しになっている。

 もちろん、民主にもマズイ点があるのは認める。でも、主導権を握っているのは与党なんだし、本当に改憲したくってたまらないのは自民のほうなんだから、民主の苦しい事情を察して、彼らが賛成しやすい環境を整えてやらなくちゃ。国会が混乱しているのは民主が悪いと、どんなに責めたところで、彼らが反対に回れば、改憲は絶対無理なんだから、現在の与党の策は下の下ですな。憲法を選挙の争点にするとか、まだ言っているんかね? 


 次に、政界再編について。

 もし、政界再編で改憲をするんだったら、過半数じゃ足りなくて、衆参それぞれ3分の2を集めなくてはいけない。そんなこと現実的に可能かしら?

 そこで、より厳しい環境にある参議院についてシュミレーション(←誤用誤用とうるさい奴に対しての当てつけ)する。

 もし次の選挙で、与党が何とか過半数をとったとする。そして、
  自民:99、公明24、国民&日本:5、民主:96、社民:7、共産:9、
という議席だったとする(過半数121のところ、与党が123をとったと仮定)。

 改憲のための最高、かつ最もありえそうなストーリーは、与党はそのままで、民主が割れるというパターン。

 国民新党と新党日本は改憲につくとすると、改憲のベース議席数は128。一方、参議院の3分の2は160。差し引き、民主から96議席中32議席、引き抜ければいいわけだ。民主全体の3分の1程度から、実際に民主が割れたとするなら、そんなに高いハードルではない。

 これ以外のストーリーでは、与党にも護憲派はいるから、改憲側もダメージを受ける。

 例えば、自民の99が改:護=80:19に分かれ、民主の96が改:護=48と48に分かれ、互いに改憲党と護憲党に再編されたとする。改憲党は128、護憲党は67、とこれだけを見ると、改憲党の圧勝である。

 しかし、改憲党に、公明党の24、国民新党と新党日本の5を足しても、157にしかならず、参議院3分の2の160に及ばない。

 ということで、現段階における改憲のストーリーは「与党そのまま・民主分裂」だけ。上記の中曽根元首相のいう政界再編とは、事実上、「民主の分裂」を指していることになる。


◇      ◇      ◇      ◇


 それはそうと、改憲のための政界再編なんて嫌だなぁ。

 イデオロギーによって党が分かれると、確かに分かりやすくはなるけれど、個々人のイデオロギーはそう変動するもんではないから、一党独裁になる。また、イデオロギー以外の対立軸が相対的に軽くなり、現実的過ぎて何の工夫も無い与党と、埒外から何の工夫も無い反対をわめき散らす野党に二分される。

 それよりは、多少分かりにくくても、経済政策や福祉政策などの優劣で争い、そして政権交代の可能性のある現体制のほうがいい。

 そういえば、台湾の政党も、中国に対するスタンスの違いで党が分かれているんだよね。ただ、国民の大多数が現状維持を望んでいるし、「中国」という外圧が一筋縄ではいかないし、独立問題が単なる多数決には馴染まない問題でもあるから、民進党も国民党も、急進的な対中政策を出さない(出せない)。それで、イデオロギーの比重は低下し、対中政策にしても(イデオロギーではなく)経済の観点から考えたり、内政にも力を入れていたりしている。選挙では、イデオロギー的な対中政策の影響は無視できないほど大きいが、それ一辺倒ではやはりまずいのではないか。

テーマ:憲法改正論議 - ジャンル:政治・経済

2007年05月05日(土) | 16:16:20 | トラックバック(0) | 政治

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プロフィール

Author:あいふる
30代、男、一応社会人

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