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2008年08月20日(水) | 22:00:17 |
「ネット発 声を挙げよう」をサボッていましたが、 今後は、blogで、「無理せず」「少しずつ」更新します。内容は、時事問題への感想、言葉、ゲーム、音楽など。
新首相に福田氏が選ばれたが、歓迎するでもなく、悲観するでもなく。誰でもいいから、まずは国会を正常な状態に戻してくれ、話はそれからだ、というのが、国民の多数意見ではないか、と思う。
前回書いたように、民主党は、硬直的な国会運営ばかりしていると、おそらく国民からの支持を失う。ただ、自民の側も「民主は子供だから」みたいにタカをくくって、事を急ぐと、やはり痛い目に遭う(実際、参議院では負けた)。
自民党は、参議院では少数与党になってしまったが、与党は与党である。与党らしい、「度量の大きさ」とか「大人の対応」などを見せることが、支持の回復につながる(その意味では、年明けから選挙前にかけての安倍体制は、最悪であった)。
また、麻生氏も敗れたが、善戦はした。敗北のコメントもノーサイド精神溢れた爽やかなものであった(実際、腹でどう思っているかは知らないが)。福田氏は、次の人事で、何らかの形で麻生氏を重用することになるのであろう。
ま、それはともかく、今日話したいのは、福田新総裁のことではない。
今総裁選では、両候補のパフォーマンスが入り乱れた。街頭演説をしてみたり、道路をうねり歩いて、屋台で売っている名物をおいしそうに食べてみたり。ついこの間、選挙で大惨敗したのが嘘のような盛り上がりである。
自民党の総裁は、自民党内部のものでしかないのに、何故、両候補は、わざわざ国民向けにパフォを繰り返すのか?
自民党が注目を浴びていることが面白くないテレビ出演者やblogなどでは、「一般国民には投票権が無いのだから、そんなの無意味だ」と言っている。もし両候補が、活動を党内部に閉じていたら、どうせ「閉鎖的だ」などと言うのだろう。
ということで、自民党はどちらにせよ非難されるわけだが、それならば、閉鎖的なよりは、開放的なほうがずっといい。その理由。自民党側の観点からいえば、開放的なことに対する批判は、上で述べたように、「自民が注目を浴びていることが面白くない人」に大体限られるが、閉鎖的なことに対する批判は、国民全体からなされるからだ。また、国民の側からしても、結局は全国民の指導者になるわけだから、投票の経緯がよく見えるほうが望ましい。
勿論、全てが開放的だったというつもりはない。両候補は、議員票の取り付けのために、地味に動いていた。各地方も予備投票無しで投票先を決める、なんてこともしていた。しかし、それらは逐一報道されたし、派閥が議員に対し投票先を押し付けるなんてこともなかった(福田、麻生両候補の推薦人を出している派閥が4つもある⇒ソース)。
大体、支持を取り付けようと各議員に御願いするのは、選挙が選挙として機能している限り、当然の行動であり、むしろ、そういう活動の無い選挙のほうこそ、事前に当選者が決まっているなど、危険な要素が疑われる。また、地方幹部が投票先を会議室で決めるのは頂けないにしても、各地方が独自の考えで投票先を決めたことは、ある有力者の意向が広範囲に及んでいない、という意味では良いことである。
こうまで、今回の総裁選を持ち上げてしまったのは、角栄が裏で総裁選を牛耳ったり、中曽根が竹下を後継指名したり、会議室の中で森が決定したり、なんて記憶があるからだ。それでも前二者は既に過去のことであるが、森内閣の支持率の低迷はまだ記憶に新しいところである。森首相は、神の国発言ばかりが強調されるが、支持率低迷の真の要因は「密室で決まった」というところに求めらるべきだと思う。自民党は安倍内閣の他、森内閣の再来も非常に恐れているので、密室での決定は絶対にNGで、オープンな形で、総裁選を行う必要があったのだ。
で、こうやって総裁選が盛り上がった後、新総裁が決定する。新総裁も、力及ばず敗れた人も、お互いの健闘を称え合い、その後、新総裁の下に党が結束する。これほど、国民に対して良い印象を与えられる事柄も珍しい。自民党員しか選挙権の無い総裁選であるが、総裁選をオープンな形にすることは、自民党員以外からも評価されるのだ。
以上は、自民党全体の問題であったが、個々の候補者にも、総裁選を行うならば、議員や党員にばかり目を向けるよりも、国民全体に向かって発信するほうが、結局は、票が取れる、との目算がある。
まず、自民党員は非常に数が多いから、どっかのホールに党員を集めて講演なんかやるよりも、街頭演説をして、テレビに映してもらったほうが、ずっと効率がいい。
また、今でこそ、自民の支持率は落ち込んでいるが、基本的には、日本で最も支持されている政党なのだから、「国民多数派の意見」と「一般自民党員の意見」は、かなり重なる部分がある。国民から支持を得られる人ほど、自民党員からの支持も得られるわけである。
そして、各議員も、国民からの支持率をうかがいながら、自らの投票先を決める傾向にある。「国民から支持されている人がなるべきだ」という人もいるだろうし、自らの出世・保身を考えて、支持率の高い候補に入れるという人もいるだろう。国民の支持動向を全く考慮しない人もいるのだろうが、トータルでいえば、国民からの支持が高ければ、それだけ議員票でも有利になることは間違いない。小泉総裁が誕生した経緯もそうだったわけで。
だから、両候補は、党内に閉じた活動を行う傍ら、国民へのパフォーマンスも重視したわけだ。麻生陣営は、議員票で不利だから、当然、上記の理由で国民へのパフォーマンスに熱が入る。しかし、福田陣営も、これを黙ってみているわけにはいかない。麻生氏が万単位の聴衆を前に熱弁をふるっているとき、福田氏がタカを括ってふんぞりかえっていたらどうだったろうか。
おそらく、国民からのイメージは悪くなり、その影響で議員票/地方票は減少、落選していた可能性が高い。議員票を繋ぎ止める意味でも、福田氏もパフォーマンスをする必要はあったのだ。パフォの力自体は麻生氏のほうが上手かったが、そのことよりも、パフォをした、という事実が大切であった。
なんか、色々書いてしまったが、要するに言いたいのは、「総裁選はオープンな形にすることが国民からも望まれており、それが自民党のためにもなる」ということ、「各候補にとっても、国民に露出するほうが、結局は党員や議員からの支持も得られる」ということの二点である。
党の代表者の名称には、総裁、代表、党首、そして委員長(正式には代表者ではないが、事実上の代表者といってよい)などがあるが、実際には、自民党の「総裁選」と、民主党の「代表選」しか行われていない。公明党、社民党、共産党が、党員や議員からの「代表選」「党首選」「委員長選」などを行った、という話はトンと聞かない(無投票再選はあるけれども)。おそらく国民新党や新党日本が選挙を行うことも無いだろう。何故、代表選挙をしないのか。
それは、小政党には、代表選挙をするだけの力も無いし、選挙をしなくても国民からの批判は受けないからである。
代表者を選挙で選ぶ、というのは、思った以上にエネルギーのいることである。あなたの会社の社長は、選挙で選ばれていますか? 大抵は、役員が密室で決めた後、株主総会で拍手して本決まり、とか、そんな感じでしょう。私がこれまで経験した合唱団も、団長を選挙で決めたことは、高校の時の音楽部以外、全くない。
選挙をやれば、団体内に対立を作り出してしまったり、或いは力量ある人が一人しかいなくて選挙のしようがなかったり。彼らを「民主的ではない」と貶すのは簡単だが、代表者を選挙で決めているなんて団体は、(政党に限らず)非常に少ないのが現状だ。逆にいえば、代表者を選挙で決める団体というのは、団体として非常に力量があるということである。政党でいえば、自民党と民主党か。
自民党は「現在、国民を代表する政党」、民主党は「将来国民を代表する可能性のある政党」だから、代表者を、国民に見える形でオープンに決定するのは義務といってよい。密室で総裁決めてしまったり、一度選挙で決まった代表を党内のクーデターで引き摺り下ろすなんてことは、国民に対しての義務を放棄したものであろう。
一方、小政党の場合は、代表者の決定が民主的でなくとも、誰も文句を言わない。創価学会員、護憲主義者、共産主義者、郵政造反議員支持者のためのマニアックな政党であり、「国民を代表する政党」になる可能性はゼロに近いわけだから、そんな党に文句を言ったところで始まらないのである。
しかし、そのように甘やかされている分、彼らには「代表選挙で国民にアピールする機会」が無い。それはしょうがない。実際、それだけの力量が無いんだから。仮に代表選をしたところで、小政党に国の命運が左右されるわけでもないから、有権者の関心は極めて低いであろう。
テーマ:政治・経済・時事問題 - ジャンル:政治・経済
2007年09月23日(日) | 21:43:03 | トラックバック(0) | 政治
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Author:あいふる
30代、男、一応社会人
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